ホトトギスの鳴く夜

5月14日の晩に薄明迫るなかでM20を撮影していた時に、急に森からホトトギスの声が聞こえて、最早これまでと悟り撮影を終えた。ところが機材を片付けている間も相変わらずクッキリと見えている天の川に、撤収が少し早すぎたかなあという印象は拭えなかった。それでも、微かな朝の気配を感じとって時を告げるホトトギスに感心したのだった。

6月3日の晩は、5月14日の晩と同じ場所で霧が晴れるのを待っていた。雨雲が東南の空に去って一度は満天の星空になったのだが、それから30分もしないうちに下界から山肌をなめるように霧が昇って来た。しかたなく雲間から見える星をぼんやりと眺めていると、森の奥からホトトギスの声が聞こえてきた。まさかと思ったが、同じ鳥が移動したのか別の鳥が呼応したのかは定かではないが、今度は随分と近くからまた鳴き声が聞こえてきた。

時刻は午前1時前で、薄明まではまだ2時間近くあるはずだった。はじめは寝ぼけたか慌て者のホトトギスが「朝が来た!」と勘違いして鳴いたのだろうと思ったが、それからも遠くなり近くなりしながら断続的に森の中から爽やかな鳴き声が聞こえた。もう、ホトトギスの鳴き声が朝の到来を告げるものではないことは明らかだった。

インターネットで調べたら、古来から夜にホトトギスの声を聞くことを風流人が競って楽しんできたことが書かれていた。そして夜のホトトギスは歌にもたくさん詠まれているのだそうだ。以下は枕草子の三十九段を引用。
 ほととぎすは、なほさらにいふべきかたなし。
 いつしかしたりがほにもきこえたるに、卯の花、花橘などに宿りをしてはたかくれたるも、ねたげなる心ばへなり。
 五月雨の短き夜に寝ざめをして、いかで人よりさきに聞かむと待たれて、夜深くうち出でたる声のらうらうじう愛敬づきたる、いみじう心あくがれせむ方なし。
 みなづきになりぬれば、音もせずなりぬる、すべて言ふもおろかなり。
ということで、どうも旧暦で6月になるとホトトギスはあまり鳴かなくなるらしいので、そのホトトギスの声を聞きながら満天の星を味わったのだから、貴重な夜を過ごしたと言えなくもない。

そしてホトトギスが鳴く中で薄明を迎えたのだが、今度は南の空にまだクッキリと見えている天の川をコンデジで撮影してみた。ISOは3200で露光時間を2.5秒に設定して撮影した5コマをコンポジット処理したが、横たわった「さそり座」の尻尾から「いて座」の柄杓にかけて銀河が写り、銀河を境にするかのように東側の空が少し青味を帯びはじめている。望遠鏡の脇には緩やかに弧を描く「みなみのかんむり座」の可愛らしい星の並びも見えている。

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遠くの街路灯を受けて白く光る望遠鏡の横にたたずむ黒い影は、ホトトギスの声に聞き惚れる着膨れした風流人!?。そこで駄句を一つ
 鳴かぬなら 星空仰げ ホトトギス
おそまつ。

追伸
この記事へのアクセスを巡って、ホトトギスの初鳴きとの関連性を、以下の記事で考えてみましたので、興味のある方はどうぞ。
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by Nikon8cmtelescope | 2011-06-10 00:17 | 月・星のある風景