カテゴリ:天文少年の頃( 33 )

ちょっぴり哀しい母の日食裏話

実家の母は、数年前に白内障の手術を受けて以来、趣味のキルトの生命線とも言うべき目の状態に随分と気をつかっている。そんな関係で、日食は見ないと言っていたので、それなら木漏れ日を見れば大丈夫だと前日に電話で話しておいた。

当日の朝には、嫁いだ妹のところの中学生になる姪っ子が「太陽が欠け始めたよ!!」と母に電話をした。妹も母に「厚紙に小さい穴をあけて見れば、日食グラスがなくても大丈夫だよ!!」と、電話で伝えたのだそうだ。

すると母は、みんながそこまで言うのなら自分も見てみようかと、早速厚紙に目打ちで穴をあけて太陽に向けてみたものの、何だかよくわからない。どうしたものかと思案した挙げ句に、私から木漏れ日を見ればよいと聞いたことを思い出したのだそうだ。

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そこで、庭木の下に入って枝の隙間から太陽をチラっと覗いて見たら、確かに欠けているようだったけど、その眩しさに「こりゃあテレビで言っているように、目に悪い」と諦めたという。まさか、木漏れ日で地面に映った光を見るとは考えもしなかったそうで、まして厚紙の穴のピンホール投影なんて想像もしなかった、と言うのが母の弁。

厚紙に穴をあけて太陽に向けて、小さな穴から覗こうとしている母の姿を想像すると、吹き出しそうなくらい可笑しいのだけど、その後でちょっぴり哀しみが胸に広がる・・・。

(写真は日食当日の朝の空)
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by Nikon8cmtelescope | 2012-06-03 00:13 | 天文少年の頃

伝説の天体写真家(馬頭星雲)

微動ハンドルを握りしめて手動でガイド星を追いかける撮影方法が「手動ガイド」だと思っていたのだが、星ナビ1月号の「すごい天体写真が撮りたい!」という連載記事を読んでいてアレ!?と思った。モータードライブによる追尾をガイド鏡で絶えず肉眼で監視しながら「手動で誤差を補正すること」を、「手動ガイド」と定義していたからだ。そうだとすれば、今の追尾方法は「完全手動ガイド」とでも表現するべきなのだろう。もちろん、この場合の「完全」は「完璧」という意味ではなく、「機械の助けを一切借りずに全て手動で行なう」という意味である。なぜ、そんな「完全手動ガイド」をやっているかと言えば、30年以上も前に製造されたNikon 8cmの赤道儀に使用可能なモータードライブはもはや入手できないし、自作はもちろん既製品を改造するような才覚もないからに他ならない。

キザな言い方ではあるが、「完全手動ガイド」は日常生活から遊離しての自然との対話でもある。何十回と繰り返すことにはなるものの、1回の追尾は長くて1分程度なので、コンデジがダーク減算処理をしている間には、肩を廻して腰を伸ばすことができる。冷えきった指先をさすって、楽な姿勢をとって一息つくと、再び微動ハンドルを握りしめ、ひたすらガイド星が十字線に重なるように意識を手先に集中させる。その間は、遠くの梢を鳴らす風の音にも耳を傾け、風が強まる気配をいちはやく感じて身構える。風に煽られ姿勢が少しでも変わると、ガイド星を覗き込む角度も変わり、追尾がうまくいかなくなるからだ。そして、頭のなかで露光時間をカウント・ダウンしていく。単純な作業なのだが、いろいろな感覚を研ぎすます必要がある。

釣り人のエッセイで「全てを忘れたいから釣りをやっているわけじゃあないんだけど、釣りをしていると、どうもすべてを忘れてしまってね」というセリフを読んだが(湯川豊『イワナの夏』)、「釣り」を「手動ガイド」に置き換えると、まさに我が意を得たりという感じだ。

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その「完全手動ガイド」で思い出されるのは、天文少年の頃に愛読した「天体写真の写し方」(藤井旭)に出てくる古田俊正氏の姿だ。自作反射望遠鏡を使いドライ・アイスでカメラごとフィルムを冷却した上で10分を越える露光を行い、当時としては別次元の写真を撮っていた伝説の人だ。地面に胡座をかいて望遠鏡を覗き込み微動ハンドルを握りしめて追尾する様は、泰然自若として全てを超越したオーラが出ていた。自分も、こんな風にして美しい天体写真を撮りたいものだと憧れたものだった。今、こうして短い時間ながらも「完全手動追尾」をしていると、憧れの古田俊正氏の姿と重なってきて不思議な満足感がある。それも、この方法を続けている要因の1つかも知れない。

12月26日の晩には、その「完全手動追尾」でNikon 8cmのコンデジによるコリメート法によって、馬頭星雲を撮影してみた。露光時間は64秒と40秒で、ISOは3200から1600までの条件で撮影した32コマをコンポジット処理した。深紅のガスに切れ込んだ暗黒の馬頭と、青白いNGC2023星雲、そしてオレンジ色の火焔星雲の組み合わせが面白く、大きな青い光芒として写るアルニタクとの対比が美しい。少年時代からの憧れの対象が、自らの手でここまで写せただから幸せこの上ない。

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ただ、ここまで写るのだったら露光時間を倍ぐらいに延ばせれば良かった。それなのに、ついつい欲張って1つでも多くの天体を撮影したくて、中途半端なままに次の対象に望遠鏡を向けてしまう。除夜の鐘と一緒に煩悩を捨てるべきなのだが、今となっては今年の大晦日まで待たねばならない・・・。

追加
くっしーさんから、アルニタクの輝きが膨化してしまっているとの指摘をいただきました。馬頭星雲の露光不足を補うべく強調処理が行き過ぎたためなのですが、少し調整し直してみましたのでアップしてみます(余り変わらないような・・・)。ついでに周辺部を若干トリミングしてあります。画像処理が全くの自己流なので、トーンカーブの調整法を勉強しないと・・・・。
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追加その2
この記事に検索して辿り着かれる方が多いようなので、この後にフィルターを使用して撮影した馬頭星雲はこちらもどうぞ。

追加その3
最新の画像はこちらをどうぞ。

追加その4
2014年の最新画像はこちらをどうぞ。
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by Nikon8cmtelescope | 2012-01-07 01:25 | 天文少年の頃

アメリカからの土産

b0167343_23442231.jpg空き時間にニュース・スタンドで棚を血眼になって探したら、やっと見つけることができた。天文少年の頃から名前を知っていた「Sky&Telescope」誌を生まれて初めて手にした。

紙質が薄いせいもあってかペラペラした感じだった。袋に入れられており、すぐには内容を確認できないので、手にした時には正直かなり期待はずれだった。

ところが、開いてみると全部で86ページあって、全ページがカラー刷りで内容もなかなか濃い。広告の数は少なくないのだが、どれもコンパクトでウエブ・サイトへと導く内容になっているため、雑誌全体に広告の占める割合は低い。

いわゆるDeep skyの観望案内のコーナーが2カ所あって、記事の記載も具体的でぜひ見てみたいと興味をそそられる。
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読者の写真コーナーもあるが掲載されている写真は全部で6枚だけだった。しかし、オンラインのギャラリーが別にあって、そちらには沢山の写真が掲載されていた。
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値段は$5.99で、日本の天文雑誌よりもちょっと安かった。
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by Nikon8cmtelescope | 2011-12-20 00:06 | 天文少年の頃

やはり重症だった・・・・

Nikon 8cmを購入して三十数年を経ているが、社会人になってからの十年余りは実家の湿気の多い物置に仕舞い込んだままになっていた。この間に対物レンズの内側に大きなカビの塊が2カ所付いてしまった。幸いなことにレンズの縁だったので、光学的にはさほど影響はないだろうと無視していた。とっくにNikonは望遠鏡の製造を止めていて、補修を依頼しようにもできないと諦めてもいた。

この夏に望遠鏡の見え具合がサッパリしないのは、結露のためかと思っていたのだが、ライトを当てて対物レンズを上から覗いて見たところ、レンズの内側に無数の小さな付着物があって言葉を失った。これは放置しておく訳にいかない。そこで、テレスコ工作工房さんに紹介していただいた熊本にあるヨシカワ光器研究所に補修をお願いすることにして、厳重に包装を施し宅配便で送り出したのが先週末のことだった。

一週間が経ち、先方に届いた望遠鏡の精査が終わったので結果を報告したいとのメールをいただいて、ドキドキしながら電話で様子をうかがった。社長さんは「今までみたNikon 8cmで一番カビが酷い状況です」と淡々とした口調でまずおっしゃった。予想通り状況は厳しいと覚悟した。「ここまでカビが付くと、通常はカビを落とすと一緒にレンズのコーティングが剥げ落ちてしまいます」と「通常は」というところを少し強調して続けられた。どこか救いのある言い方に、落胆せずに次の言葉を待った。「幸いNikonのこのレンズはコーティングが特殊なので、開発した薬液の中でレンズを回転させて、ゆっくりとカビを溶かしていけば、時間はかかるがコーティングが剥げ落ちることなくカビが落とせます」と結んだ。

鏡筒の内側の塗装もブヨブヨに水分を含んでいる状況だと付け加えられた。簡単に結露してしまうのは、それが原因だったようだ。これを全て剥がし、新たに開発した塗装を施せば「数十年は大丈夫です」と。医師から身内の病状説明を受けて、重症で少し時間はかかるけれどもちゃんと治りますと言われたような気持ちだった。

10月の連休前までには補修が済んで帰ってくる見通しとのこと。キレイになって戻ってくる日を楽しみに、しばらくは撮り貯めた写真の整理をしながら帰りを待つことにしたい。
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by Nikon8cmtelescope | 2010-09-22 00:47 | 天文少年の頃

憧れの地へ(その9-大団円)

研究会での発表は、子ども達との観望の様子を紹介するというものだった。その中で、観望会の時に子ども達が携帯電話のカメラを望遠鏡の接眼部に押し当てて月面の写真を撮ったところ意外と良く写ったことに触発されて、自分でも趣味としてデジカメの手持ちコリメート撮影を始めたことを話した。

これまでにNikon 8cmで手持ち撮影した月と惑星そして二重星を組み写真にしてスライドに出したところ、会場から歓声があがった。続いて、星雲・星団の写真を組み写真にしてスライドに出した。その瞬間に、おおっ!というどよめきが起って会場が大いに沸いた。その時の様子を知り合いの参加者が写真に撮ってくれていて、メールで送ってくれた。

b0167343_23254884.jpg憧れの国立天文台で、Nikon 8cmで手持ち撮影したお手軽天体写真で会場を沸かせることができたのだから、元天文少年としてはこの上ない幸せだった。もう妬んだりすることはない。それどころか、これからは列車の窓から三鷹の森を見る度に、この発表会での至福の時間を思い起こすことだろう。
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by Nikon8cmtelescope | 2010-06-24 23:27 | 天文少年の頃

憧れの地へ(その8)

b0167343_0255956.jpg森の中の道を引き返して大赤道儀室を過ぎて西に曲がると、レプソイド子午儀室がある。設置されていた子午儀は1880年ドイツ製で、建物は1925年に建設されたそうだ。どことなく小さな教会の雰囲気がある。













b0167343_026234.jpgすぐに西隣りにはゴーチェ子午環の観測室がある。建物は1924年に建設されたそうだ。設置されていた子午環は1903年フランス製で10年前まで観測に使われていたそうだ。こちらは農場の建物のようなイメージだ。




b0167343_0263528.jpgさらに西へ進むと視界がぱっと開けて草原のような場所に出た。中央にあるのは自動光電子午環の観測室で1982年の建設だが、現在は天文機器資料館に鞍替えしているそうだ。木立の緑と青い空の間にあって、爽やかな印象の建物だ。この木立の向こうには太陽フレア観測望遠鏡が設置されているそうだ。

こうしてみると太陽観測の機材を除くと、現役の観測機材がほとんどないことに気付く。ハワイの「すばる望遠鏡」をはじめ各地の観測施設がオンラインで結ばれた今となっては、三鷹の天文台が観測所としての役目をだんだん失うのは仕方がないことなのだろう。
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by Nikon8cmtelescope | 2010-06-22 00:30 | 天文少年の頃

憧れの地へ(その7)

翌朝は早めに宿所を出ると、一般公開されている施設を1つ1つ歩いてまわった。

b0167343_0161843.jpgまずは昨晩に通った第一赤道儀室。コンクリートの土台にツタが絡まり古色蒼然としている。たしかに立派な文化財という趣を漂わせている。














b0167343_0173042.jpg大赤道儀室の手前を南に曲がると、深い林の間に道が延びている。コジュケイやウグイスの鳴き声も聞こえてきて、実に爽快な気分になる。







b0167343_020676.jpg突き当たりを折れると、太陽塔望遠鏡の入ったレンガ積みのドームがそびえている。1930年の建設で有形文化財に指定されているそうだが、実にモダンな感じだ。
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by Nikon8cmtelescope | 2010-06-20 00:25 | 天文少年の頃

憧れの地へ(その6)

部屋に戻ってベッドに横になってはみたものの、憧れの地にいる興奮で眠気が訪れる気配はない。仕方なしに起き出して、発表の予行練習を始めてみたが星空が気になり集中できない。だが北向きの窓から空をみるが星は全く見えていない。それなら仕方がないと横になると、いつの間にか眠っていた。

目が覚めて時計を見ると午前3時前だ。窓から見える北側の空は曇っているが、身を乗り出すようにして天頂付近を見上げると辛うじてベガが見えている。部屋からは確認できないが、東側が晴れていれば月が見えるはずだ。身支度を整えデジカメ片手に外に出てみると、薄雲の向こうに弱々しく月が見えている。そこで、再び第一赤道儀室に向かった。

ドームと月にカメラを向けて撮影してみたが、ドームに露出をあわせると月がつぶれてしまうし、月に露出をあわせるとドームが暗闇に沈んでしまう。さすがに構内でフラッシュを焚く訳にはいかない。仕方なく、とぼとぼと宿所に向かって歩きはじめた。しばらく歩いて、月を見ると隣に雲間から木星が顔を出しているではないか。

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大慌てで第一赤道儀室の前に戻ると、カメラを地面に置いて第一赤道儀室を前景に月と木星のランデブーを撮影した。ドームが高床式の古代神殿を彷彿とさせる佇まいで、随分と神々しい感じがした。考えてみれば、このドームは90年近くもこうして空を見上げてきたことになる。設置されてしばらくは真っ暗な夜空の下にあったろうし、空襲で赤く染まった空も知っている。神々しいのも無理はない。

部屋に戻り横になると、窓の外は既に明るくなりはじめていた。
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by Nikon8cmtelescope | 2010-06-18 01:51 | 天文少年の頃

憧れの地へ(その5)

大赤道儀室から東に向かってしばらく歩くと第一赤道儀室がある。大赤道儀室に比べると随分と小さい。こちらは1921年に設置された構内で最も古い観測施設で、口径が20cmの太陽観測用の屈折望遠鏡が置かれているそうだ。こちらも国登録有形文化財に指定されているそうだが、望遠鏡は時々一般公開されているそうだ。

b0167343_0524186.jpgドームの正面北よりの方向から、ドーム上部と「うしかい座」のアークトゥルスが写野に入るようにデジカメを地面に置いて何枚か撮影した。「かんむり座」の可愛らしい星の並びが半分雲から顔を出しているのが目を凝らしてみるとわかる。

続いてドームの正面から東を見上げるようにしてデジカメを地面に置くと、「こと座」のベガにレンズを向けた。ベカから「へびつかい座」の頭部にかけての明るい星が薄雲を通してかろうじて写っている。木立の向こうは道をはさんで市街地と隣合わせなので、さすがに空は明るい。

雲越しではあったが、一応星空を歴史的なドームと一緒に写真におさめることができた。インターネットで検索しても、これらのドームと夜空の写真は見つからなかったから、出来はともかく希少な写真であることは確かなようだ。
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by Nikon8cmtelescope | 2010-06-16 00:59 | 天文少年の頃

憧れの地へ(その4)

部屋に荷物を置くとデジカメ片手に構内の散策に出た。まず目指したのは構内の南側にある口径65cm屈折望遠鏡が置かれている大赤道儀室だ。誘導灯を頼りに構内をしばらく歩くと、高い木立に囲まれた大赤道儀室が見えてきた。グラウンド横にあったドームとは比べものにならない程大きい。1929年に設置されたというカール・ツアイス製の65cm屈折望遠鏡は焦点距離が実に10 mもあるので、必然的にドームも巨大になったという訳なのだろう。

ドームの西側にまわって見上げると、ドームの上に「うしかい座」のアークトゥルスが雲間から見えている。時刻は21時過ぎ。デジカメを地面に置いて方向を適当に合わせると何枚か写真を撮った。地面にしゃがみ込んでドームを見上げると、まるで回教のモスクの丸屋根のように見えて荘厳な印象だ。
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b0167343_13305742.jpgこちらの写真は、翌朝に西に向かって撮影したものだ。よく見るとコンクリート部分から小さな樹が生えている。建設されて80年余りの年月を経て貫禄十分だ。この望遠鏡は、10年余り前に現役を引退し国登録有形文化財となっているとのことだ。

ちなみに、65cm屈折望遠鏡は他に京都大学の飛騨天文台にもあり、同じく焦点距離は10 mで主に火星の観測に使われているそうだ。屈折望遠鏡としては、どちらも東洋一の大きさとのことだ。
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by nikon8cmtelescope | 2010-06-13 13:34 | 天文少年の頃