街灯の上の星空

26日は北海道に季節外れの大雪をもたらした冬型の気圧配置のおかげで、夕方に見上げた空は春とは思えない透明度の高さだった。計画を実行するには、うってつけの空だと思った。

夕食後から仮眠をとり夜半近くに起きて外に出てみると、真冬のように澄んだ夜空に春の星座が見えていた。これなら大丈夫と確信して、その時が来るまで静かに待った。

午前2時過ぎに、身支度を整えてベランダに出た。周囲の街灯の光を遮るようにしてベランダにしゃがみ込むと期待通り天の川が見えていた。射手座から夏の大三角にかけて緩やかに流れる様子が美しい。

デジカメは周囲の光の影響をできるだけ受けないようにベランダの床に置き、同じアングルで30秒露出の固定撮影を繰り返した。撮影の間は、じっくりと夏の星座を眺めた。真夏にこれだけ透明度のある空はまず得られまい。冷え込みは気にならなかった。

撮影した写真はデジカメのモニターでは明るい星しか判らない。しかし、逆に街灯の影響も少なくて空は黒く写っている。コンピューター上で条件を上げると銀河がわずかに判別できる。その写真をPhotoshopで重ねてみた。
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街灯に明るく照らされたケヤキの若葉と隣家の屋根の向こうに、期待通り銀河の存在が判る写真になった。4-8枚の写真を重ね合わせているので、2-4分の露出時間に相当するが、赤道儀のガイド撮影で同じ露出時間をかけるよりも街灯の影響もノイズも少なくなっているはずだ。

コンポジットによる作像ではあるが、街中でもコンパクト・デジカメの固定撮影で銀河を捉えることが出来た。もともと周囲は山に囲まれた盆地なので街灯の上には案外素晴らしい星空が広がっている。何とももったいない話だ。


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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-29 00:04 | 月・星のある風景

ガイド撮影に憧れた頃

星に興味を持つようになった頃は固定撮影が楽しかった。中でも美しい同心円を描く北極星を中心とした北天は、季節に関係なく面白かった。写真は中学生時代に撮影した北天の写真を接写したものだ。
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固定撮影は、露光時間が短いと迫力に欠ける一方で、露光時間が長くなると星座の形がわかりにくくなってしまう。次第に赤道儀を用いたガイド撮影に憧れるようになった。

ガイド撮影なら日周運動に合わせてカメラを動かすことで、星座の形もそのままに肉眼では捉えられない星まで撮影する事ができる。夏の銀河を写真にしてみたいと夢は膨らんだ。望遠鏡を買うのだったら赤道儀付きが欲しい。そう思うようになった。

しかし、赤道儀付きの望遠鏡が中学生に簡単に買えるはずもなかった。なかにはお年玉や小遣いを何年か貯金すれば、手が出せなくもない価格の望遠鏡もあったが、カタログ写真でも見るからに貧弱そうだった。

カタログを取り寄せ眺めてはタメ息ばかりついていた。そして挙げ句の果てに両親に頼み込んだ。足りない分を出してもらえないかと。手持ちの貯金は全く足りていないのだから、全部出してくれと言っているのに等しかった。

最初は全く取り合わなかった両親だが、とうとう「成績が上がったら買ってもいいが、後に成績が下がったら没収する」という話になった。自力で何とかしなさいと突き放されると思っていたので、これは頑張るしかないと覚悟した。中学2年生の秋だった。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-28 00:47 | 天文少年の頃

失われた古都の夜(その2)

京都の夜に訪れた中で、境内に入って撮影できたのは南禅寺の三門だけだった。周囲の光は境内の木々に遮られ、火災報知器を照らす灯りを除けば境内は暗く、三門の甍の上には土星や北斗七星が静かに光っていた。学校帰りの高校生が時々横切るのと上空を通過する航空機を除けば、都市の喧噪とは無縁の世界だった。

b0167343_1363229.jpg暗い境内でも不気味さを感じなかったのは、星が見えていたからだろうか。木の枝を微かに揺らす夜風と、漂う古寺特有の香りが心地よかった。春の宵の雰囲気を五感で味わいながら、方向を定めてはデジカメを地面に置き、心行くまで撮影することができた。

何百年も前から自分と同じように三門と星空を見上げた人々があったろう事に静かな感動を覚えるとともに、古都の本来の姿に一歩近づいた気がした。

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各所でライト・アップされた古都の姿はたしかに美しく、それで有名な高台寺の門前には夜になっても人が絶えなかった。しかし、何百年も脈々と続く京都の夜を最も感ずることが出来たのは、暗く静かな南禅寺の三門の上の夜空だった。

満天の星の中に影のように浮かび上がる塔や、月光を纏ってほんのりと浮かび上がる塔・・・・。建立以来ずっとあった夜の五重塔の本来の姿を、当たり前に見上げる事はもう難しいのだろう。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-23 01:47 | 月・星のある風景

失われた古都の夜(その1)

子供の頃から五重塔が好きだった。中学と高校の修学旅行では、どの五重塔を訪れても立ち去りがたい気持ちになった。幸田露伴の「五重塔」は、本が薄く手頃だった事もあるが高校時代に読んだし、梅原猛の「隠された十字架:法隆寺論」を大学時代に夢中で読み、相輪に架かる鎌が実際に見たくて独りで奈良に出かけたこともあった。

かねてから五重塔にかかる星空を眺めてみたいと思っていたところ、奈良に出張する機会が出来た。大学生の時に訪れてから早30年近く経っている。星空は難しいかも知れないが、月光が射す塔を是非見に行こうと楽しみにしていた。

月を見るには不向きな下弦過ぎの月齢に当たってしまったのは残念だったが、予約が遅くなって適当なホテルが奈良市内に確保できなかったのをいい事に、仕事上は多少不便であるが2泊目は京都にした。京都にも美しい五重塔があるので、そちらも夜に散策してみようという魂胆だった。

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奈良の夜は曇天で星は見えなかったが、興福寺の五重塔はライト・アップされ、三重塔は四方から街灯に照らされていた。いずれもデジカメを地面に置いて夜景モードで撮影したが、黒く沈む松の枝越しに見る灯りに照らされて古色蒼然とそびえる塔や、猿沢池畔の新緑との対比に浮かび上がる塔、そして街灯に照らされた夜気に霞むような三重塔のいずれもが、それはそれで美しかった。

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晴天に恵まれた翌日の京都での夜は、東寺の塔の勇姿に大いに期待したが、夕方に下見を兼ねて訪れると既に境内に入る事はできなかった。仕方なく近くの歩道橋の上から夕日に染まる塔を撮影したが、日没と同時に塔を照らすライトが早々と点灯された。古い町並みにひっそりとたたずむ八坂の塔も、やはりライト・アップされていた。高台寺の界隈では新緑が灯りに照らされていた。暗がりに浮かぶ知恩院の三門は、例祭のための飾りで幻想的だったが、石段の下から柵越しに撮影する以外になかった。

どれも美しいのだが、自分が求めている古都の夜の姿はなかなか得られなかった。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-19 11:24 | 月・星のある風景

満月の向こう側

子供の頃に熱心にながめた「アポロ11号」の写真集の中に、月の裏側の写真が載っていた。「裏側」と言うと子供心に真っ暗な世界だと思っていたが、アポロ宇宙船からの写真では、月面が鮮やかに輝いていた。

一方で、月を周回する宇宙船が月の裏側に入ると地球との交信が途絶えると書かれていて、それが不気味さを助長した。何か未知の存在が暗闇から宇宙船を狙っているような怖さを感じた。
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読み直してみると、青白色の月面写真とともに「1968年のクリスマス・イブの日、アポロ8号はそれまで人間が直接その目で見たことがなかった月の裏側にはいり、無線連絡は途絶えた。 - -(中略) - - 地球は報告を待ちつつ、不安な10分間を過ごした。」と書かれている。

満月にはいつもウサギが見えているので、月に「裏側」があることは理解できた。しかし、宇宙船から見た月の裏側が漆黒の闇の世界ではない事が何となく不満で納得いかなかった。地球が新月の時には、月の「裏側」に太陽の光が正面から射しているという当たり前の事に考えが及ぶようになったのは大人になってからだ。

子供の頃に出来上がった、月の「裏側」には未知の世界があるという勝手なイメージから、今でも満月前後の月に望遠鏡を向けると辺縁が気になってしまう。写真は4月10日に撮影したものだ。
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見てはいけない世界を覗いているような落ち着かない気分を味わいながら、辺縁にある黒々したクレータの影を飽かず眺めてしまう。そこには何かが潜んで手招きしているような気がする。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-17 01:02 | 天文少年の頃

心眼

10日の晩に撮影した土星の写真を、早速コンポジット合成してみた。

撮影では、デジカメのズームを2倍に統一し、露出時間も控えめにした。結果として暗い写真が多かったが、輪が土星本体を横切っているのがぼんやりでも確認出来る写真を12コマ選んだ。コンポジットは3コマの合成を4枚作り、それを2枚ずつ2組に合成し、最後に1枚に合成した。コマを選んでしまえば、合成自体は手順にも慣れて直ぐに完成した。
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3枚、6枚合成の段階と、最終的な12枚合成を比較してみると、3枚合成に比べて6枚合成では粗さが改善しているが、12枚合成ではかえってボンヤリした印象も受ける。でもよく見比べると、6枚合成では輪が直線的だが、12枚合成ではゆるやかに弧を描いているように感じられるが心眼だろうか。いずれにしても、過去2回の画像よりもだいぶ土星らしくなった。

本来の姿を知っていればこその心眼だが、初めて土星を見たガリレオは耳のような構造物が付いていると思ったらしい。今年のような真横から見た土星だったら、きっと棒が突き刺さっていると思ったことだろう。

知っているからこそ想像を逞しくして心眼などと言っているが、未知なる故に想像逞しく考えを巡らすのとは随分と開きがある。ガリレオが望遠鏡で初めて宇宙を捉え以来400年を経て、私たちが宇宙についてガリレオのような考えを巡らす機会は随分と少なくなってしまった。

b0167343_0244482.jpgこの観測を世界天文年の
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-13 00:11 | 惑星

ネコとアルビレオ

金曜の晩に夜なべ仕事に飽きてブログを更新し、それからもうひと仕事した。その帰り道、夜空を見上げると月明かりの中で土星が静かに光っていた。ちょうど再挑戦を決意したばかりだったので、眠気は吹っ飛んだ。

寝静まった家族を起こさぬように、コソコソと望遠鏡を組み立てはじめると、ネコが起きてきて望遠鏡の木箱の上に寝転んで邪魔をした。仕方なしにカラのエサ鉢にキャット・フードを入れてやると、嬉しそうに食べ始めた。

土星は気流の影響でユラいではいるものの、本体を横切る輪の影が見えて、まずまずの条件にあるようだ。試しに数枚撮影してみると、土星本体を横切る輪が確認できるコマがあった。そうなるともう夢中だった。ところが後が続かない。撮影しては確認し、ピント合わせをして再び撮影するという事を繰り返すうちに、土星は西に傾いて気流の影響が強くなってきた。

さあ、今夜はもう止めだとつぶやいてはみたものの、煌々と輝く月に望遠鏡を向けてしまうとやっぱり止まらない。満月過ぎの欠け際のクレーターが面白くて撮影をはじめてしまった。

b0167343_22231175.jpg遠くで気の早い一番鶏が時を告げるのが聞こえた。イカンイカンもう寝るぞと見上げた空には、夏の大三角が昇ってきている。思わず白鳥座のくちばしに光るアルビレオに望遠鏡を向けてしまった。全天で一番美しい二重星と言われるだけあって、供星との色の対比が見事だ。どんな色合いに写るのだろうか?と思うと、またまた撮影をはじめてしまった。

翌朝起きると、家族の機嫌があまりうるわしくない。全員から物音で目を覚ましてしまったと苦情を言われた。その傍らで、ネコだけがのんびりと眠っていた。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-11 22:32 | 二重星

土星のみかけの大きさ

土星の見かけの大きさはどのくらいあるかと思い、3月14日に撮影した月と土星の画像を比率は同じまま並べてみた。すると意外と土星は大きくて、光条を放つクレーターのティコとだいたい同じぐらいある。
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ただ土星と月の写真の露光時間が異なるため、合成写真は両者の明るさを正しく反映していない。数年前に月をかすめる土星食を観察した時に、月面と比べると土星が随分と暗く見えたおぼえがある。土星の撮影では、小さいというよりも暗い分だけ露光時間が長くなって手ブレが目立つという事になる。

撮影の時は楽な体勢でデジカメを構えられるように天頂プリズムを使っているが、光のロスを考えれば使わない方が当然有利になる。しかし、天頂プリズムなしで下から見上げて撮影すれば、無理な体勢のために手ブレはかえって増えるだろう。

月並みながら、土星の撮影は透明度が高く気流の安定した晩に限る、というのが結論だが、盆地である当地は透明度が高い一方で、平野部に比べて気流が不安定で惑星の観察には不向きだとも聞いている。

b0167343_21105666.jpg3月28日は土星が途中で雲に隠れてしまったが、その前に撮影した中から5枚を選んでコンポジットを作ってみた。土星本体を輪が横切る様子は判然としないが前回に比べると少しは輪らしく見える写真になった。

手持ちの撮影にこだわる限りは8cmの口径だとなかなか難しいかも知れないが、好条件が揃ったらどこまで写るのか、これからも挑戦していこうと思っている。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-10 23:21 | 惑星

薄雲の演出

日曜の晩は天気が回復してきたので期待したが、結局は薄雲が抜けずに月は笠をかぶったままだった。望遠鏡を出すのをあきらめると職場に向かい、週明けからの仕事の準備をした。

日付も変わっての帰り道に、職場の構内にある満開の桜の下を歩いてきたせいか、家に戻ってきても落ち着かなかった。時計は既に1時をまわっていたがデジカメを持つと、外に出た。

引き寄せられるように職場に戻り構内の門の上にカメラを置くと、構図の確かめようもないまま月にカメラを向けて「夜景モード」で撮影した。ほぼ無風だったおかげで、ストロボなしのスローシャッターでも桜があまりブレずに写った。
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夜空を覆い疎ましく思われた薄雲だが、桜の下ではかえって春爛漫を感じさせてくれた。桜と月との競演を妖艶に演出する見事な脇役ぶりに、この時ばかりは心の中で拍手喝采した。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-07 00:05 | 月・星のある風景

静かの海

土星の撮影に初挑戦した3月14日の晩に撮影した月は、満月を数日過ぎた月令だった。欠け際に近くに写っているウサギの顔の部分が「静かの海」、言うまでもなく人類が最初に足跡を刻んだ場所だ。
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アポロ11号が月面着陸に成功したのは、1969年の7月21日だったそうである。明け方のテレビ中継で映像以上に記憶に残っているのは地球との交信の音声だ。ピー、ピーという電子音を入れながら話をする事が、学校でも流行った程だった。当時は小学校1年生で、夏休みの絵日記にも書いた憶えがある。

その時の写真集が今も本棚にある。本の奥付には昭和44年(1969年)8月28日発行とあり、父が買ったものだ。でも、一番熱心に眺めたのは間違いなく私だ。久しぶりに開いてみたが、一枚一枚の写真に見覚えがある。それもそのはず、あまりに熱心に読んで勉強をしないので、母親に本を隠された事があった。
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父は何故この本を買ったのか、今となっては確認することは出来ないが、考えてみれば明け方の中継をわざわざ起こして見せてくれたのも父だったと思う。父がどんな意図だったにせよ、私が天体に興味持つようになった事に、そういった体験が関係している事は間違いない。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-04-05 15:17 |