青空の向こうにも星がある

天気予報だと今週末も曇りや雨のようだ。普段の行いが悪いからだ、という声がどこからともなく聞こえてきそうだ。ただ、今はかなりひろく青空が見えている。

b0167343_11305679.jpg今なら、どんな星が輝いているのか、想像してみるのも悪くない。やはり、木星が存在感のある光を放っているはずだ。その近くには海王星がいて、低倍率なら望遠鏡で同じ視野に入るはず。その様子をデジカメで捉えたいと、天気が回復するのを待っているのだが・・・。

写真は、5月9日の晩の月だ。深夜に家に帰って居間に入ると、窓から満月の光が差し込んでいた。灯りをつけるのがもったいないと思うような、幸せな気分になった。

今も青空の向こうにだって星はある、いや雨雲の上にだって星空は変わらずにあるのだ、そう思うと気持ちが少しは晴れてくる。でも、やっぱり夜に晴れて欲しいなあ。日頃の行いが・・なんてことにならないように、さあ頑張ろう!
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-30 11:34 | 月・星のある風景

よみがえった望遠鏡の記憶(3)

車窓を眺めながら、記憶の糸を懐かしくたぐっていると、ふいに思い出されたのが望遠鏡の記憶だった。

おじさんには息子さんが3人いた。中学生と高校生で、海水浴や釣りには一緒に行かなかった。ズングリした感じのおじさんと違って3人とも色黒でひょろひょろと背が高かった。細身のおばさん似だったのだろう。

夕飯の後に涼しい夜風がわたるなかで、息子さん達と一緒に花火をした。そして花火が終わると、玄関のすみにあった望遠鏡を出して来てくれた。口径5-6cmの経緯台型の屈折望遠鏡だった。

記憶の中の月は赤みを帯びているので、比較的高度が低かったのだと思う。三日月だったように思うが、方角は東側だったような気がするので満月前の月だったかも知れない。これが望遠鏡をのぞいた最初だったのではないかと思う。

ただし、望遠鏡で眺めた月面の記憶はない。その後に何度も月面を見ているので、記憶が薄まってしまったのかもしれない。覚えているのは、お兄さん達が構ってくれるのが嬉しかったことだ。

おじさんの家から従姉の住む団地に戻ると、持ち帰ったハゼを叔母が夕飯のおかずに揚げてくれた。余りの数に叔母が悲鳴を上げていたが、美味しくて何匹でも食べられた。たどった記憶の糸はここまでで途切れた。

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出張から戻ってGoogleの写真地図で確認してみた。ローカル線の名前は記憶にあったものとは異なっていたが、いかにも第三セクター形式らしいの路線名なので変更されたのだろう。

街並、海、港、河口、ほぼ記憶の通りの地形があった。記憶の通りに小さな駅があり、相変わらず駅の周囲は畑が多く家はまばらだった。そして、この家かもしれないという民家があった。

ひとつひとつの記憶を確かめながら辿っているうちに、写真で見る街の姿が温かみのある思い出の地へと変わっていった。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-29 00:06 | 天文少年の頃

よみがえった望遠鏡の記憶(2)

記憶の糸をたぐり寄せると、次々に場面がよみがえってきた。

自転車を押すおじさんと一緒に町中の釣具店に行った。道が濡れていたような気がするので、あるいは夕立の後だったのかも知れない。間口の狭い店でゴカイを買った。ゴカイを見るのは初めてだったが、おがクズの中にいるゴカイは少し気味が悪かった。

そのゴカイをエサにして、港に近い河口とつながる細い支流で釣りをした。近くには古い木製の小舟が一艘繋留されていた。日差しはなくて、水はどんより濁っており潮が満ちていた。

釣り糸を垂らすと直ぐにハゼが釣れた。最初のうちはゴカイを針に付けたりハゼを外す度にキャーキャー言っていた従姉もすぐに慣れた。それほど良く釣れた。

葉っぱのようなカレイが釣れる事があるというおじさんの言葉にカレイを期待したが、釣れたのはハゼばかりだった。それでも釣果は満足できるものだった。

漁港の近くを散歩した記憶もあった。釣りの行き帰りの道だったのかも知れない。埋め立て地のような場所で大きなカキ殻を見つけた。海のないところで育ったので珍しく、喜々として拾った。土地の人にとっては何でもないはずだが、おじさんは何も言わずニコニコしていた。

カキ殻のツルツルした内側に、一部地図の等高線のような貝殻模様があって化石のように見えたのを不思議に思った記憶もよみがえった。このカキ殻は家までわざわざ持ち帰ったはずだ。

そんな中で、よりによって弟が熱を出した。おじさんは弟を背中にひょいと背負うと、暑い中を近くの医者に歩いて連れて行ってくれた。そのおじさんの後ろ姿が頼もしく、不安は消し飛んだ。

ハシカだったと当時は聞いたような気がするが、今にして思えばそんなに長く患った憶えはないので、別の夏カゼだったのかも知れない。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-27 01:06 | 天文少年の頃

よみがえった望遠鏡の記憶(1)

週末に天気が悪いのと出張などが重なって、望遠鏡を出す機会がない。しかし、その出張がきっかけで、記憶の奥底に仕舞われていた望遠鏡にまつわる思い出がよみがえったので、写真はないが書き留めておこうと思う。

金曜日に1泊で土浦へ出張した折に、日暮里駅で山手線から常磐線に乗り換えた。やってきた列車の行き先が勝田だった。「勝田」という駅名に、古い記憶がよみがえり、それが次々につながって、小さな望遠鏡で月を眺めたことを思い出した。

小学校4年生の夏休みに勝田の近くで過ごした時の記憶だ。思えば常磐線に乗ったのは、あの当時以来のことだった。

最初の記憶は極めて鮮明だった。勝田駅で単線のローカル線に乗り換えて数駅目の無人駅で列車を降りた。小さな駅舎の横には小川が流れていて、真夏の強い日差しの中で真っ赤なザリガニがハサミを振り上げているのが見えた。その瞬間に、その駅がいっぺんに好きになった。

一段低いところにある線路から土手を登って細い道を少し歩くと畑の中にポツンとその家はあった。当時、水戸にいた叔父の知り合いのお宅に、弟と従姉の3人で泊まりに出かけたのだった。

水着に着替えて浮き輪を膨らますと、麦わら帽子と白いランニング・シャツ姿のおじさんに連れられて海まで歩いて行った。塀で囲まれた学校の横を通って街並を抜け、崖を下ると太平洋があった。

強い波が押し寄せる海岸では、セメントで作られたプールが波に洗われていた。潮が流れ込むプールのコンクリートは浸食されて角がとれていた。プールの中には小魚も紛れ込んでいて、一風変わった海水浴を楽しんだ。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-25 22:51 | 天文少年の頃

返事のない手紙

天気がすっきりしない週末が続くので、また思い出話しを・・・。

中学2年生の秋に、天文ガイドにある「読者サロン」に投稿した。同年代の投稿が多数掲載されるのに触発されたのだと思うが、まさか掲載されるとは考えていなかった。

b0167343_115366.jpg学校での出来事を書いた文章は、後半部分が随分と削られて翌年の春に掲載された。少し生意気な感じになっているのが不本意だったが、自分の名前が活字になったのは嬉しかった。

雑誌に載った興奮がすっかり冷めてしばらくした頃、一枚のハガキが届いた。東京の郊外に住む同年代の少年からの手紙だった。癖のある字で、自分は初心者だが星が好きなので文通したい、というような事が書かれていた。

思わぬ展開にしばらく返事も書かずに放っておいたのだが、ある時に意を決すると封書で返事を書いた。内容は全く記憶に残っていないが、自分が撮った天体写真を数枚同封して送った。

それから学校から帰ると毎日のように郵便受けを確認した。しかし、とうとう返事が来る事はなかった。自分からもう一度何か書いて送ろうかとも思ったが、それもしなかった。

返事が来なかったことで、かえって余韻が記憶の中に深く刻まれたように思う。今でも同じ空を見上げている事があるかも知れない。それで充分な気がする。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-17 11:11 | 天文少年の頃

赤い星たち(その2)

「赤い星たち」と命名された母のキルト作品であるが、キルト教室の作品集にある母のコメントを抜粋してみる。

b0167343_23314559.jpg
「・・・寒い夜空の星を天体望遠鏡で飽かずに眺めていた息子たちの姿が浮かびます。・・・(中略)・・・赤い星のひとつひとつが瞬いて、希望の星であり続けるように。」

母がニコンの望遠鏡を想い描きながらキルトを縫い上げた事は間違いない。かけた手間を考えると一緒にしては申し訳ない気もするが、こうしてニコン望遠鏡で撮影した月や惑星の写真と並ぶにふさわしい作品と言える。

b0167343_23293646.jpg完成を楽しみに、くる日もくる日も縫い続ける。そんな根気がいる作業をどうして毎日続けられるのか、ちょっと不思議だった。しかし、こうして書いてみると母の想いが少し理解できたように思う。

母が意識しているのかどうかわからないが、一針ごとに思い出と未来への気持ちを縫い込んでいるのだ。私たちの幼少の頃の姿、そして孫たちの将来の姿とも対話しながら縫っているのだろう。

そんな母の姿と作品が、どんな言葉よりも雄弁にいろいろなことを伝えてくれているのは言うまでもない。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-12 00:25 | 月・星のある風景

赤い星たち(その1)

これまでに何度か父の話が出て来た。これを母が読むはずもないが、父の話ばかりでは申し訳ないので、母の話も書いておこうと思う。

商売をやっていた両親は、子供心に本当に忙しそうだった。来客も多くて、母はてんてこ舞いだったはずだ。だから、母に趣味と呼べるようなものは全くなかった。ただ当時はどこの家でもそれが当たり前だった。

b0167343_16283716.jpg仕事と子育てに追われていた母だが、われわれ子供達が次々に親許を離れ、父も3年間の闘病生活を終えて旅立ちしばらくすると、キルトを始めた。今から20年ほど前になる。

習うのなら一流の先生に、と母は考えたようだ。東京の国立市で教室を主宰している実力派の先生のもとに、月に1度片道2時間かけて列車で通うようになった。

それからキルト作りが母の生活の全てになったと言っても過言ではない。欠かさずに教室に通いながら、身の回りの事をする時間以外はひたすら針を持って布に向かうようになった。今日も間違いなくキルトと向かい合っているはずだ。

そんな母が、キルトを始めてから10年近く経った頃に、約1年をかけて縫い上げた作品がこれである。「赤い星たち」と命名された幅1.6メートル縦2.2メートルの大作は、我が家の吹き抜けに飾られている。

b0167343_16281475.jpg写真は昨夜のさそり座頭部だ。赤い星の代表であるアンタレスは、薄雲と満月にも負けず赤く光っていた。きれいな写真ではないが、母の日のカーネーションのかわりでもある。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-10 16:41 | 月・星のある風景

芋の天ぷら

連休後半から3日間降り続いた雨が上がると満月が煌々と輝いた。大気中にたっぷりと残る水分のために空全体が白くはなっているが、天頂付近に見える星はシャープに見えた。

夜半過ぎの帰り道に歩きながらそんな空を見上げて、望遠鏡を出すか出さないか思案していたが、家に着く頃には心は決まっていた。

望遠鏡を組み立てて月に向けると、無風であるにもかかわらず月は激しく揺らいでいて、まるで油の中で揺れながら揚がる芋の天ぷらみたいだと思った。立ち昇る水蒸気の影響だろう。

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それならと、家の周辺の灯りの様子を写真に収めた。道路沿いの街灯が明るいが、上に反射板がついているため天頂方向への影響は思ったよりも少ないようだ。

むしろ隣家の屋根の向こう側にある24時間営業のショッピング・センターからの光りの方が、家から距離があるにもかかわらず南の空を明るくしてしまっている。月明かりにも勝る勢いだ。

b0167343_13431357.jpgそんな写真を撮っているうちに、モヤが晴れて高く昇った夏の大三角が輝きを増していた。久しぶりに琴座にあるM57リング星雲に望遠鏡を向けてみると、いつもならぼんやりドナーツ状に見える星雲が、気流の影響かシミのようにしか見えなかった。

条件はともかく星雲独特の茫洋とした光に触れて満足し、望遠鏡を片付けようと鏡筒に触れると、ビッシリと夜露が付いていた。緑が濃くなったケヤキの葉を見ながら、草木が喜ぶ晩だなと思った。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-09 13:52 | 月・星のある風景

画像処理

先日の天の川の写真は、空が紫になってしまい気になっていた。iPhoto上で天の川を強調しようと処理すると空が紫色になってしまい、空を暗くすると天の川が目立たなくなってしまうため、補正がうまくできなかった。

たまたま昨晩買ってきた天文ガイドの6月号に、Photoshop上で背景の空を黒くする方法が紹介されていて、早速試してみた。

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下が新しく処理した写真であるが、天の川が少し目立たなくなった印象はあるものの、より自然な感じの色調になった。こちらの方が銀河を横切る暗黒星雲がシャープな感じだ。

それにしても、画像処理にはたくさんポイントがある。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-06 17:19 | 月・星のある風景

ニコン8cmが愛機になった日

学業成績次第で望遠鏡を買ってもよいとの条件に、首尾よく目標を達成することが出来た。欲しかった赤道儀型望遠鏡は、丈夫な上にコンパクトで持ち運びも可能といううたい文句で、マニアの間で人気の機種だった。

ある日学校から帰ってくると、母から望遠鏡が届いていると聞いてビックリした。欲しかった機種はまだ具体的に伝えていなかったからだ。でも本当に驚いたのは望遠鏡を見た時だ。そう、届いていたのはニコンの8cm屈折望遠鏡だった。

ただ正直なところ少し複雑な気持ちだった。というのも、ニコンの8cm屈折望遠鏡は大きな重い機種で、星空がきれいな場所に運んで星座をガイド撮影するのには不向きだったからだ。しかし、さすがにそんな気持ちは飲み込んだ。両親が、どんな気持ちで買ってくれたのかは考えるまでもなかった。

b0167343_11405720.jpg欲しかった機種のメーカーは一般には無名で、父には聞いた事もない名前だったはずだ。高価な望遠鏡を買う以上は、信頼できるメーカーがよいと父が考えたことは想像に難しくない。懇意にしていたカメラ店のご主人に相談して、密かに注文してくれたのだった。写真は当時の雑誌に掲載された広告を接写したものだ。

思いもかけずニコン8cm屈折望遠鏡が愛機になったのであるが、楽しみにしていたガイド撮影はやらなかった。憧れていた銀河を追尾して撮影するのには、自宅周辺は明るすぎたからだ。しかし星雲や星団を観察するだけなら自宅で十分だった。そして30年以上を経た今でも夜空の散歩を楽しむことができるのだから、父の選択は正しかったことになる。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-05-06 11:47 | 天文少年の頃