国際宇宙ステーション(ISS)

27日の午後7時半過ぎに、夕飯を食べようと職場を一旦離れて家に向かった。一時的に雨が上がっていて、まだ明るさが残る空には雲間から月が見えている。いつものように夜空を見上げながら家路をたどった。

すると、北西の空の雲間から金星よりも明るい光がひょっこりと現れた。そして瞬きもせずに、ゆっくりとこちらに向かってくる。瞬時に、その明るさから国際宇宙ステーションだと確信した。大きく明るく光りながら空を滑るように優雅に動いている。

家族にも知らせようと、家までの残り数百メートルを全力疾走した(つもり)。途中で近所の犬に吠えられたが、空を見上げたまま走り続けた。家に駆け込むと、すごい物が見えるから外に出ておいで、と叫んだ。剣幕に驚いた家族が、どやどやと外に出てきた。

光は既に天頂あたりを過ぎて、雲から出たり隠れたりしながら、ゆっくりと東南に向かって進んでいた。ご近所の屋根の向こうで地球の影に入って見えなくなるまで家族で見送った。インターネットで確認すると、確かにこの時間に当地の上空を飛んだことが確認できた。

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スペース・シャトルがドッキングした状態で、帰還間近の若田さんも乗って自分たちの住む街の上空を通過して行ったと思うと、ただ単に国際宇宙ステーションが見えたよりも価値があるような気がして嬉しかった。若田さんが窓から見下ろしていたりしなかったろうか?

夕食を終えて再び職場に向かう時には、空全体が雲に覆われて星ひとつ見えなかったので、本当に幸運だった。天文雑誌に、国際宇宙ステーションを望遠鏡で連続的に撮影したアマチュア写真家の素晴らしい写真が載っていたが、いつか自分も望遠鏡でその姿を捉えてみたいと思った。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-31 00:04

薄暮の月

2日連続で夕方の空に晴れ間が広がった。西側にはほとんど雲がないにもかかわらず、夕焼けにはならずに青空がそのまま暗くなっていった。そんな中で、前日よりも少しだけ貫禄を増した月が次第に輝きを増していった。

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まだ明るさが残る薄暮の空では、月の明るさが相対的にフラットになってコントラストに欠けるが、結果としては欠け際から片縁までが同じようなトーンで写るために、月面写真としてはなかなか面白い。

空が暗くなってくると高度は低くなるために、明るさを増した月は大気のゆらぎの影響を強く受けるようになる。それとともに月面の微細な構造はゆらぎの中にだんだん吸収されて、最後は雲の中に消えて行った。

月を呑み込んだ雲は、夏らしい積乱雲ではなく層状の雨雲だった。本格的な夏空の到来はまだ先のようだ。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-29 01:21 |

月食後の月

b0167343_2340566.jpg日食が終わってからも曇りや雨が続いていたが、夕方に久しぶりに雲間から三日月が見えた。新しく(といっても中古品であるが)25mmの接眼レンズを購入したので、早速に望遠鏡を月に向けた。

連なる雲が波のように次々と月を隠すため、なかなか落ち着いてレンズの機能を比較できなかったが、写真に撮る場合に限って言えば、今度のレンズの方が付属の25mm接眼レンズに比べて視野が円形にクリアに見える分、撮影しやすい感じだ。

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それにしても三日月は本当に美しい。太陽が当たって明るく輝く部分と、暗く影になる部分の比率が絶妙で、雲がかかっても実に絵になる。そして、並んで光るクレーターの群れの中で、危機の海の暗部がアクセントになって効いている。

3日前の日食は天候に恵まれなかったが、月に責任がある訳ではない。高度を下げながら気流で揺らめく月を見ていると、自然に「おつかれさま」と言葉をかけたくなった。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-27 21:31 |

こちらヒューストン

夏休みの絵日記の思い出といえば、アポロ11号の月着陸だ。あれから今年で40年ということで、関連した記事を新聞で目にする機会も多い。先週の朝日新聞には、衛星中継で着陸の様子を見た日本人は人口の約7割に及んだと書かれていた。日本中がヒューストンのNASAと月との交信を聞きながら胸を躍らせたことになる。

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実家の本棚には、黄ばんだ新聞が本の間に今もしまわれている。アポロ11号が無事に帰還したことを伝える1969年7月25日の夕刊を、亡くなった父が残したものだ。大半のページが月着陸関連の記事で占められており、「天地創造以来の偉大な一週間」などという小見出しもあって当時の熱狂ぶりがうかがわれる。

父は「こんな事があったと後でわかるように残すのだ」と言っていた。長い歳月の間に変色した新聞を見ながら、自分が父の立場になってみて子供達に新聞を残しておこうと思うような出来事が今どれだけあるだろうか、と考えてしまった。

大人の熱狂は、子供達にも大きな影響を与える。テレビで月面着陸を見て絵日記に書いた我々の世代に、天体に興味を持つ者が多かったのは当然の事だろう。父の遺した新聞は、自分が今もこうして星に興味を持ち続けている原点の1つだと思う。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-25 00:05 | 天文少年の頃

ありのままの2009年7月22日

朝方は雲の切れ間から日も射したが、時間とともに雲は厚くなるばかりだった。仕事のスケジュールはあらかじめ可能な限り空けておいたが、休みという訳ではないので天気と時計を気にしながら仕事をしていた。

b0167343_223077.jpg食が深まる11時過ぎになると、職場の子供達と一緒に外に出た。みんな思い思いの絵を描いた手作りの日食グラスを持っている。遮光フィルターを入手して市販の日食グラスを参考に自分がデザインしたものを、あらかじめ子供達が作り上げて絵を描いたものだ。

みんなで空を見上げるが、灰色の雲は暗さを増すばかり。いろいろな話をしながら待っていると、退屈して虫を捕まえる子供も出てきたりとにぎやかだ。こうして日食をみんなで待ったことを憶えていてくれたら、それでいいと思う。

b0167343_21435387.jpgそうこうするうちに、雲の厚さはそのままなのに空が少しずつ明るくなってきた。雲が暗く見えていたのは、実は日食の影響だったことが明るくなってきて初めてわかった。結局、食の最後まで雲間から太陽が姿を見せることはなかった。

見えなかったのは本当に残念だけれども、子供達が今日を楽しみにしてみんなで日食グラスを自作したこと、そして子供達と一緒に空を見上げることができたことなど、考えてみれば本当に貴重だ。ありのままで2009年7月22日を迎えよう、そう思っていた自分としては十分に幸せな日食だった。

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最後に、当地での日食の全行程をStellariumでシミュレーションしてみた。この日食が帰ってくる54年後には、きっと子供達が今日の事を思い出してくれることだろう。その時こそは晴れてくれるように祈りたい。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-23 00:26 | 日食

夜明けの月

梅雨に逆戻りしたような天気ではあるが、夜半過ぎには天気が一時的に回復するという予報に、夕食後に仮眠をとって夜半に起きた。しかし、どんよりと曇って星空の気配はなかった。

明け方近くに床に入るつもりで、窓から外を見ると東の空に金星が昇っていた。急いで着替え望遠鏡を出してはみたが、空は8割方雲に覆われて金星はもう見えない。西の空に低くなりかけた木星に望遠鏡を向けるが、すぐに雲に隠れた。

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振り返ると東の空に細い月が見えている。あわてて望遠鏡を向けて、赤味を帯びた姿を数枚写真に収めたと思ったら、もう雲に覆われた。その様子を望遠鏡と一緒に写真に撮ろうと三脚にデジカメを取り付けると、月が一瞬だけ顔を出したが、また直ぐに隠れてしまった。

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明け方の月は「海」の部分が多いためか、夕方の三日月のような華やかさはない。それどころか明るくなっていく空に薄れゆく姿には、はかなさすら漂う。2日後の日食の天気を託すのは、月には少し荷が重いかも知れない。やはり、晴天は太陽に頼むのがスジだろう。

そんな事をぼんやりと考えながら、しばらくは少しずつ明るくなる空を眺めていたが、雲は厚さを増すばかり。結局、月が再び姿を現すことはなかった。それでも、日食を控えた月が一目見たくて望遠鏡を出したので、満ち足りた気持ちで布団に入った。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-21 00:26 |

梅雨明けの空(その2)

暗い海王星が写るようにとISO感度を無理に上げると、ノイズが強くなることがモニターで確認してもわかる。最終的にISOを400に設定して撮影すると、ノイズも減って5等星が明るく写ることがわかった。しかし、それでもモニター上では海王星が写っているのかどうかは確認できなかった。

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改めて望遠鏡を木星に向ける。右に示したStellariumのシミュレーションでは、大赤斑がこちら向きに出てくるころであるが、気流の影響が思いのほか強くて目視ではよくわからない。それでもと久しぶりの木星の姿を撮影しはじめると間もなく、雲に度々隠れるようになってしまい撮影はあきらめた。5枚の写真でコンポジットしたが、2本の縞模様がぼんやりと写っただけだった。

翌朝に赤道儀を取り込むためにベランダに出てみると、昨夜の雲はどこにいったのか不思議なくらいの青空が広がっていた。周囲の山々に目を移すと、高い山には雪渓が大きく残っているのが鮮やかに見える。気温は高いが、空の青さは梅雨入り前のような感じだ。

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さて海王星であるが、目標としたμCapという5.1等星は明るくはっきりと写っていたが、肝心の海王星はコンピューター上で条件を変えながら再生しStellariumのシミュレーションと対比させても、ノイズとは区別できなかった。

海王星は7.9等相当なのでμCapとの光度差は1.8等だから、明るさの差は5倍程度であるが、この光度の違いがコンパクト・デジカメの光学的には大きい意味を持つのだろう。目視では十分に確認出来るだけに、写らないのがとても残念だ。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-19 12:16 | 惑星

梅雨明けの空(その1)

7月も半ばのうちに梅雨が明けた。星を見る者としては歓迎すべきことだが、盛夏に水不足の懸念はないのか心配になったりもする。半信半疑でいると次第に夏らしい空がひろがって、翌日には見事な晴天になった。

暗くなると夏の星座が気持ち良さそうに輝き、透明度も悪くない。基本的に平日は望遠鏡を出さないことにしているので、グッと我慢して夕食後に職場に戻ると、星空への想いを断ち切るように夜なべ仕事に集中した。

しかし夜半を過ぎると海王星のことが気になってきた。7月11日に再び木星に近づいて今ならまだ近くにいるはずだ。Steralliumで見ると近くに5等星があって、この星を目標にすれば明るい木星を視野からはずしても撮影ができそうだ。

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仕事を終えて外に出ると、南中した木星が明るく輝いている。夜なべ仕事をがんばったのでと理由をつけて、特別に望遠鏡を出す事にした。望遠鏡を据え付け終えるころには、月に雲がかかるようになったが、1週間後の日食に晴れてくれれば今夜は雲に隠れて休んでいても一向に構わない。

木星を望遠鏡の視野に導くと海王星は容易に見つかった。明るい木星を視野から追い出すと、5等星を目印にデジカメをレンズに押し当てて、今度こそ海王星が写ることを祈りながら撮影を始めた。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-17 00:13 | 月・星のある風景

帰ってくる日食(その3)

さて、今回の日食が3サロス周期を経て帰ってくるのは、2063年8月24日ということになる。次回は東北地方では皆既日食となって、当地でも食分が少し深くなり8割程度になるようだ。101歳で元気に見上げられる可能性は限りなくゼロに等しいので、実際に見たいという気持ちは湧いてこないが、Stellariumはちゃんと見せてくれる。

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こうして並べてみると、同一サロス周期同士の日食では、食分に違いはあっても確かに太陽と月の見かけの大きさが揃っていることがわかる。特に、この日食では、太陽に比して月が随分と大きい。今回の日食は皆既日食の中でも特に皆既の時間が長いそうだが、その関係が3サロス周期後の日食でも保たれていることがわかる。

一方、3年後の2012年5月21日に当地で観測可能な金環食は、振り返ってみると少年時代に「もう少し早く生まれていれば見られたのに・・・」と嘆いた1958年4月19日の八丈島での金環食が帰ってくるものだ。1958年には当地は部分日食だったことを思えば、次回は金環食として帰ってきてくれるのであるから、3年後に見る事ができれば嘆く必要はなかったことになる。ただ、更にその次に帰ってくる2066年6月は計算上104歳になる。

こうして考えると、これから出会う日食の3サロス周期後に再び巡り会うのは年齢的に事実上不可能で、まさに一期一会と言える。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-16 23:33 | 日食

帰ってくる日食(その2)

3サロス周期の54年33日後に、同じ日食が帰ってくるということなので、例によって早速にStellariumで確認してみた。

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初めて見た懐かしい1978年10月2日の部分日食が帰ってくるのは、2032年11月3日で70歳という計算になる。Stellariumで前回よりも食分が少し深い部分日食がシミュレーションされた。部分日食なので世間では余り注目されないだろうけど、食分の深さは思い入れの深さとは別物だ。元気でいられたら、あの当時に一緒に見た高校時代の友人達と再び一緒に眺めてみるのもいいだろう。

木漏れ日で見た1981年7月31日の部分日食が帰ってくるのは、2035年9月2日だ。これは既にシミュレーションした皆既日食ではないか!!あの日食が皆既日食として帰ってくるのであるから、出来ることならば73歳までは生きて実際にこの目で見てみたいと思う。

サロス周期を知ったおかげで、過去と未来の日食が結ばれて、急に親しく感じられるようになった。なかなか未来の自分を具体的にイメージするのは難しいが、日食のおかげで自分の中に新しい時間の尺度が出来た。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-07-15 19:09 | 日食