二重星団hとχ

望遠鏡を手に入れて最初に見た星雲がオリオン星雲で、最初に見た星団はペルセウルス座の二重星団hχだったろうと思う。探すのはカシオペアのWから行くのが簡単だ。M13の後は、高度を上げてきた二重星団に望遠鏡を向けた。

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広がりの大きな散開星団としては、ヒヤデス星団やスバル星団、プレセペ星団があるが、望遠鏡よりも肉眼や双眼鏡で眺める方が面白い。そして肉眼でも見えて望遠鏡で眺めても面白い星団の代表選手が、この二重星団だと思う。

まさに砂を撒き散らたかのようにキラキラと星が輝いている。χの方が星の数が少ないが、星団が二つ仲良く並ぶ姿は何度見ても飽きない。しかし、短い露出時間の手持ち撮影でどこまで写るのだろうか。ISOは1600で、少しでも暗い星が写るようにと露出は3秒と長めに設定して撮影した。

b0167343_23301715.jpg露出時間が長いと必然的に手ブレが目立つようになるが、なんとか鑑賞に堪えられる4コマを選びコンポジットしてみた。やはり、χの方が写っている星の数が少なく星団としては寂しい印象だ。

しかし、星の数の少なさを補って余りあるのが、色の美しさだ。目視では色の違いはそれほど感じられないが、写真だと青白い星々の中にオレンジ色の星が散在している。オレンジ色の星々は本来の星団の構成成分ではなく、偶然同じ方向に見えているだけなのだろうが、両者のコントラストが美しい。

全天にたくさんある散開星団は、星の色にも注目して撮影していこうと思う。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-25 23:32 | 星団

手持ち撮影にこだわる訳

カメラと望遠鏡をアダプターで繋げば、もっといい写真が撮れるはずなのに、なぜ手持ち撮影にこだわるのか?と聞かれると答えに困ってしまう。

「我が家は、デジタル化の波から最も遠い生活をしているが、それでも2年前に購入したぐらいだから、今や各戸に一台はコンパクト・デジタルカメラがあるのではないか。観望会などで一般の参加者が自分のデジカメで月や惑星を撮影することができれば、星に興味を持つ人が増えるのではないだろうか。」

「望遠鏡を購入して天体写真を撮影しようと思っても、天文雑誌の広告には高価な機材が紹介されていて、二の足を踏んでしまう人も多いだろう。かく言う私も、天体写真を再開しようかと思っても、機材を揃えるだけの勇気がなくて始められなかった。しかし、コンパクト・デジカメによる手持ちコリメート撮影であれば、望遠鏡とデジカメがあれば誰でも手軽に天体写真が撮影できる。」

・・・・・趣味というのはだいたい偏狭なもので、何らかの制限の中で挑戦するというところが最も楽しいものだと思う。目標に邁進してその限界を超えてしまうのはプロであり、その制限を甘受して楽しんでしまえというのが趣味でありアマチュアであると言えるかも知れない。対象の導入も追尾も自動化され高度な画像処理も可能になって、以前であれば天文台の大型望遠鏡でしか撮影の対象にならなかった微細な天体でもアマチュアが素晴らしい写真を撮っている。そんな中で、同じ高みを目指しても到底届くものではない。それならば・・・・!?。

・ ・・・・いろいろ理由を挙げてみたが、昔の望遠鏡を引っ張り出して試しにデジカメで月を撮影したら、思いのほか良く写ったのに感激したというのが正直なところだ。続けるうちに、望遠鏡で目視できる天体であれば、ほとんどが撮影の対象になる事がわかり、ますます楽しくなってきた。誰にでも出来るという理由なら、撮影した写真をコンピューター上で合成処理するのは掟破りだろう。でも、自分の出来る範囲で最高の写真にしたい、という気持ちは仕方がないと思っている。

やっぱり答えに窮するが、楽しみとはこんなものではないだろうか。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-23 23:02 | 手持ち撮影にこだわる訳

球状星団M13

結局のところ、高原で撮影した星雲や星団の写真は、帰ってきて確認してみると手ブレや光軸ズレばかりだった。素晴らしい星空に興奮してしまったためなので仕方がない。また機会があれば出かけたいと思う。

連休2日目の日曜日は、文字通り雲一つない秋晴れだったので、また高原に行こうかとも考えたが、自宅でじっくりと撮影することにして、夕方のうちから望遠鏡を組み立てると夜に備えた。しかし、暗くなったころから強い西風が吹き始めて、透明度は高いものの気流は不安定になってしまった。

木星はかなり揺らいでいて撮影の対象にはなりそうもなかった。そこで、ヘルクレス座のM13に望遠鏡を向けた。M13は北天でもっと目立つ球状星団で、双眼鏡でもその存在が確認できる規模であり、撮影の対象として楽しみに狙っていたものだ。望遠鏡の視野の中でも十分に明るく、これなら写ると確信した。

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コンパクト・デジカメのISOをmaxの1200に上げる一方で、露出は星が分離して写るように1.6秒と短めに設定して撮影した。案の定、デジカメのモニターでも星団が写っていることは確認できた。問題は気流が不安定なので星が分離して写るかどうかだが、コマ数を稼ぐなかで条件のいいものを選んでコンポジットしてみることにした。

b0167343_14203346.jpg最終的に16コマを選び出してコンポジットした。露出時間の合計は30秒足らずであるが、星の集団であることが十分に見てとれ、とてもカメラを手持ちで撮影したとは思えない。もう少し気流が安定している晩であれば、個々の星がかなり分離されて写るのではないかと期待できる出来映えだ。実際に望遠鏡で覗いたイメージにかなり近い。

惑星状星雲ばかりでなく、球状星団も撮影対象になることがわかった。少年時代には撮りたくても装備が不十分で撮影の対象にならなかった天体が、手持ち撮影で次々に捉えることができるとは、ほんとうに嬉しくなってしまう。

(撮影したメシエ天体 通算4/107個)
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-23 09:23 | 星団

高原の星空

先週の日曜日に友人と一緒に標高1,700メートルの山間にある小さな高原まで星を観に出かけた。夏休みに水晶の採取に出かけた山の手前で、水晶の採取などで山に度々入っている友人にとっては庭のような場所だ。夕方の林道を登っていくと、ヘッド・ライトの灯りの中で鹿の群れが道を横切って行った。

一度は星空が広がったものの、雲が徐々に増えてきてとうとう星がほとんど見えなくなってしまった。落胆する私の傍らで友人は泰然自若としている。独りだったらとっくに諦めて星空を求めて移動を始めるところだが、機材を出したまま地面に敷いたシートに寝転がり、友人とおしゃべりをしながら雲間に時々現れては消える星を眺めていた。下界では虫の音が賑やかであるが、高原の夜は虫の声も疎らで吐く息がもう白く見える。

そのうちに星が見える範囲が広がってきたと思ったら、あっという間に雲が飛散して見事な満天の星空が現れた。言うまでもなく、普段家から見ている星空とは別世界だ。いやがおうにも気分が高揚してくる。そんな中で例によって望遠鏡で星雲・星団を手持ち撮影する一方で、別のコンパクト・デジカメで銀河を撮影していた。

友人は登山靴に履き替え熊よけの鈴を付けると、懐中電灯を頼りに真っ暗な草原の斜面を登り始めた。小さな頂の上から向こうの星空を眺めて来るつもりだと言う。山好きとしては夜とは言え山の中でじっとはしていられないようだ。人のことをとやかく言えた義理ではないが、趣味とは門外漢の理解を超えたものらしい。私は次第に遠くなる鈴の音を聞きながら撮影に励んでいた。しばらくすると、鹿の鋭い鳴き声が連続的に聞こえてきた。夜の静寂を破る侵入者を威嚇しているようだ。その剣幕にさすがの友人もすごすごと途中で退散してきた。

星空を大いに堪能して名残惜しいながらもそろそろ帰ろうかと、銀河を撮影していたはずのカメラでフラッシュを焚いて友人と記念撮影をした。ところがモニターで確認すると、まるで霧の中で撮影したかのようにボンヤリとしている。晴れるのを待つ間にレンズが結露したのに気付かすに撮影していたのだ。慌ててそれまでに撮影した写真を確認してみたが、銀河はおろか夏の大三角ですらまともに写ってはいなかった。

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b0167343_11351992.jpg望遠鏡を片付ける間に、結露していない別のデジカメを沈み行く夏の大三角に向けると、友人に手伝ってもらいISO 800の設定で15秒の固定撮影を連続16コマ行って帰路についた。その後の忙しい1週間が終わって、やっと16コマをコンポジットすることができた。合計で4分間の露光であるが、わし座のあたりの銀河を割って流れる暗黒星雲が浮かび上がっている。水晶拾いで収穫がない事を友人はボウズと言うが、なんとかボウズは免れた。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-20 11:43 | 月・星のある風景

月曜日の木星

先週の月曜日の晩は久しぶりによく晴れていたので、平日ではあったが望遠鏡を出すと木星に向けてみた。透明度・気流ともにまあまあと言ったところだった。

例によって数分間集中的に撮影しては、条件のよいコマを残すという作業を繰り返した。だいたい5分間で100コマぐらい撮影して、デジカメのモニター上で10枚程度に絞り込んだ。その中で、特に条件の良いコマを選んで2-3分間で撮影された4コマをコンポジットした。コンポジットはガリレオ衛星を目印にして重ね合わせた。

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ほぼ30分の間隔で撮影された3組の写真であるが、中間の写真が一番シャープで赤道上の太い縞模様の濃淡がかなり鮮明に写っている。そして、衛星のイオが木星本体に近づくのと平行して、縞模様の濃淡が右から左へ移動して行く様子が見て取れる。木星の自転のスピードの早さに改めて驚かされる。

出来上がった写真には満足できたが、Steralliumでのシミュレーションと比べてみると、残念ながら大赤斑は捉えられていないことがわかる。より透明度と気流の良い晩を選ぶとともに、デジカメのホワイト・バランスを工夫してみる必要がありそうだ。

それにしても、子供たちが夜に机に向かっている横で望遠鏡を出すのは何とはなしに気が引ける。出来ることなら、週末の夜に条件の良い空が巡ってきて欲しいものだ。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-15 01:43 | 惑星

ナオノブとアサダ

危難の海とラングレヌスのすぐ近くに、日本人の名前を冠したクレーターがある。ラングレヌスの近くに3つ群がるクレーターの1つがNaonobu(直径35km)、危難の海を取り囲む山地の麓にある小型のクレーターがAsada(直径12km)で、今回の写真で確認できる。

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このうちNaonobuは、安島直円(あじまなおのぶ)の名前を冠したもので、安島直円は関孝和と並び称される和算の大家で暦にも造詣が深かったそうだ。命名には通常は苗字が用いられるが、Ajimaだと何か不都合があったのだろうか?また、関孝和は改暦では表舞台に出られなかったというエピソードを藤原正彦の著作で読んだが、関孝和の名前がクレーターに残されていないのは、その辺りが関係しているのだろうか。

Asadaは麻田剛立(あさだごうりゅう)の名前を冠したもので、麻田剛立は江戸時代の天文学者で医師でもあったそうだ。惑星の運行に関して、ケプラーの第3法則(惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する)を独自に発見していたというから、これは文句なくクレーターに名を残すに値する業績だ。

JAXAのホーム・ページによると、他にも物理学者の長岡半太郎や仁科芳雄、そしてスペースシャトル・チャレンジャーの事故で亡くなった日系人のオニヅカ氏など、全部で10名の名前を冠したクレーターがあるそうであるが、多くは月の裏側にあって観望できないのは残念だ。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-12 00:02 |

ラングレヌス

b0167343_23131280.jpg日曜日の日中は素晴らしい青空だったが夕方から雲が広がった。今週末もだめかと諦めかけた夜半過ぎに雲間から月が顔を出すようになって、次第に晴れ間が広がっていった。

木星は既に西の空に高度を下げており、満月過ぎの月が天頂に輝いていた。望遠鏡を向けて見ると、高度が高いためか気流が安定していて、小さなクレーターまでシャープに見える。欠け際には大型のクレーターが並んで見え、クレーターの周囲が複雑な模様を描いていて飽きない。

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写真にしてみると、微細な地形までは捉えきれないものの、「危難の海」からラングレヌス、さらに影の部分に消えかかるようにフェンデリヌス、そして中央に突出した構造物のあるペタビウス、そしてティコの光条が及ぼうかというフルネリウスという、いずれも直径が100kmを越えて深さも3km程度という、地球上では考えられないようなクレーターの迫力ある姿を撮影することができた。

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このうち、クレーター内部は影に沈んでいるが、ラングレヌスからはクレーター形成時の噴出物が放射線状に広がる様子が見える。このラングレヌスは数年前に発光現象天文学者によって確認されて一躍有名となり、日本が打ち上げた探査機「かぐや」も迫力ある映像を送ってきていた。ただし、暗がりの持つ独特の雰囲気からか、「かぐや」の写真よりも望遠鏡で見る姿の方が、不思議さを醸し出しているような気がする。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-09 23:18 |

忘れられない星空(その3)

小学校の4・5年生の頃に、父が知り合いからウサギをもらってきた。灰色の小型のウサギで、庭に放し飼いにしても逃げなかった。庭を駆け回る姿が愛らしく、また抱いた時の温かさが心地よくて、最初はよく面倒をみていた。

食べやすい草を採ってきたり、クズ野菜を与えたりしていたのだが、そのうち庭に放すだけで、だんだんとエサをやる回数が少なくなってきた。その事に後ろめたい気持ちを抱いてはいたが、ウサギが元気なので、そのままになっていた。

夏も終わって秋の到来を感ずるようになった日曜日だったと思う。いつものようにウサギを庭に放してやると、移動しながら草を食べていた。その姿に、悲惨な結末が迫っていようとは夢にも思わなかった。

夕方に日が落ちて薄暗くなったころ、家に入る前にウサギ小屋の箱をのぞくと、ウサギが死んでいた。信じられない気持ちで抱き上げると、まだ微かに温もりが残っていた。その温もりを感じた時に、きちんと面倒を見てやらなかった自分の罪の重さが実感された。

拭っても拭っても涙が流れ出た。そして真っ暗になってもウサギ小屋の前で泣いていた。母親から家に入るように言われても、家の中にはどうしても入りたくなかった。明るい家の中では、自分の犯した罪が白日の下にさらされるようで辛かったのだ。

ふと空を見上げると、たくさんの星が見えていた。涙で滲んだ星の輝きは、暗く沈んだ自分の気持ちに、かすかな救いを差し伸べてくれているような気がした。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-08 23:48 | 天文少年の頃

忘れられない星空(その2)

b0167343_11405553.jpg大学生の頃、南アルプスに入る林道が冬期閉鎖される直前の11月初めの晩に、ひとりで星を見にでかけた。川沿いの林道には人工の光は一切なく、そんな季節のその時間には、すれ違う車は一台もなかった。つづら折りの林道を走ると、南に視界が開けた場所があった。

車を降りてみると、南の空の低いところにカノープスが見えているのが、すぐにわかった。シリウスに次いで全天で2番目に明るい星であるが、当地では緯度の関係から見る事は難しく、見たのは初めてだった。夢中でカメラを構えるとシャッターを開いて固定撮影を始めた。

どれくらい時間が経ったころだったろうか、急に近くでガサゴソと薮を分け入る物音がした。そして、その音の主も私の存在に気が付いたのだろうか、今度は急に音が途絶えたのだ。

b0167343_11411076.jpg電気に打たれたかのように、体が全く動かない。耳に全神経を集中させると、腕時計の秒針が動く音がビックリする程にハッキリと聞こえてきた。真っ暗闇の中で見えない相手との間合いをひたすら探り合っていた。しかし、とうとう沈黙に耐えきれなくなって、一気に車に走り込むとエンジンをかけてヘッド・ライトを灯けた。が、もちろん何も見えはしなかった。

冷静に考えてみれば、大きくてもタヌキ程度の小動物だったのだろうと思う。しかし、物音以上に怖かったのは、その後の沈黙だった。思考が完全に停止し、恐怖感がぐんぐんと胸の中で大きくなっていった。誰もいない真っ暗な山中に独りでいることが急に怖くなったのだった。

せっかくの写真がどうなったか、今となっては全く憶えていないが、アルバムにはカノープスの写真は残っていないので、台無しになったことは間違いない。その代りに、翌朝に撮影した山々の写真が今も残っている。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-05 11:46 | 天文少年の頃

忘れられない星空(その1)

結婚して最初の夏に会津磐梯山へ旅行に行った。今から17年前の話になる。五色沼に近いホテルに宿泊したのだが、夕食は車で麓まで出かけていった。

食事を終えて真っ暗な道を少し心細くなりながらの帰り道、運転をしながらでもフロントグラス越しに美しい星空が見えていた。そこで、途中の峠にあった展望台に車を止めると、家内と二人で夜空を見上げた。

雲一つない夜空が360度広がっていて、視界には人工の光はほとんど見えない。空はあくまで黒く、星が無数に輝いている。その空の暗さと星の数に圧倒された。見晴らしのよい場所だったので、まるで宇宙という海に張り出した岬から眺めているような錯覚に陥った。見上げる先に広がるのは、もはや星空ではなく宇宙だった。

夏から秋の星座が頭上に輝いていたはずであるが、その記憶は飛んでいる。天の川も見えていたはずだが、憶えていない。自分たちが宇宙の中にいるという事実に平伏すような気持ちで、底知れぬ奥深い世界に対する畏怖の念を抱いた。そして、逃げ出すかのように車に乗り込んだことを憶えている。

あんなにすごい星空には、その後にまだ巡り会っていない。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-09-02 00:52 | 天文少年の頃