東京の夜空(その2)

ホテルの反対側にまわってみると想像していたよりも明るくオリオン座の星々が見えていた。ビル工事用の大型クレーンのアームとちょうど重なるように、プロキオンとシリウスも見えて面白い構図になった。

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東の空には、双子座のカストルとポルックスを追いかけるように火星が昇っていたが、地平線に近づくほどモヤの加減で星の輝きが弱々しく見える。それでも天頂を見上げればスバルの存在は確認できた。

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そんな中で、オリオン座にカメラを向けていると、流星がシリウスの横を真下に向かって流れた。明るい夜空の中では、星が「流れる」というよりも「転がり落ちる」とか「墜落する」ように感じられ、見ていてドキドキしてしまった。

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東京の星空にさほど失望を感じなかったのは、普段家から見上げている空も、東京ほどではないにしろ街灯りに埋もれてしまっているからだろう。たとえ地方であっても市街地は智恵子が嘆いた昭和初期の東京の空より数段も明るくなっているはずだ。一部の山間や海沿いを除けば「日本には空がない」状況になっていることに、改めて気付かされた。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-30 23:08 | 月・星のある風景

東京の夜空(その1)

「東京には空がない」とは高村光太郎の智恵子抄に出てくる有名な一節だが、最近は短時間の露光で星空への地上の明かりの影響を最小限にした上で、「比較明」の合成を使うことで、都会の星空の写真が天文雑誌を飾るようにもなってきている。

b0167343_0504678.jpg東京への出張の折にコンパクトデジカメを荷物にしのばせて、チャンスがあれば自分でも東京の星空を撮ってみようと考えた。宿泊したホテルの部屋は地上21階だったが北向きの部屋で、ビル街の景色も割と地味?で、星空もあまり期待できそうもなかった。夕方に一度ホテルに戻った時には窓からは煌々と輝く夜景が見えたが、夜半前に部屋に戻ってみるとビル街の明かりが随分と減っていて、目を凝らすと1つ2つ星が見えている。

カメラを持って外に出てみると、上弦の月が西の空に大部低くなってきていたものの、月明かりもあって西側の空には星は全くと言っていいほど見えなかった。

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そこで、時間的には東南の空にはオリオン座が昇っている頃と、ホテルの建物の反対側に出てみた。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-29 00:54 | 月・星のある風景

月面散歩(その3)

月面散歩の最後は南部の丘陵地帯だ。大小のクレーターが折り重なるように見えてウキウキしてくる。

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欠け際に影を作るアルタイ断崖は、太陽の光を受けて明るく輝く上弦の時とはまったく別の地形に見える。

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欠け際からはやや離れているものの、光条を四方八方に放つティコ(Tycho)では、クレーター内部中央の突起や複雑な外周の様子が割と良く見えている。

そしてティコの南側にある、内部に大小さまざまなクレーターを抱えるクラビウス(CLavius)も面白い。ティコやクラビウスのあたりには、小さなクレーターが鎖のようにつながって見える地形もあって、海の部分とは違った味わいがある。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-28 00:22 |

月面散歩(その2)

続いて静かの海の周辺であるが、欠け際にみえるシワが、まず目を引く。リッジと呼ばれる隆起のうち、結んだリボンのような円形のシワがラモント(Lamont)だ。

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静かの海と晴れの海の境界部には、プリニウス(Plinius)が内部に黒い影を引いている。アラゴ(Arago)の周辺には山のような隆起が2つ見えている。

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晴れの海にうっすらと光条をのばすメネラウス(Menelaus)からたどる台地にはアリアディウス谷が見えている。さらにマニリウス(Manilius)からたどると、鉤裂きのようなヒギヌス谷が見えている。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-26 01:25 |

月面散歩(その1)

少し日が経ってしまったが、11月7日土曜日の晩は、薄雲が時々かかるものの下弦前の月が夜半過ぎに空高く昇った。望遠鏡を向けて見ると、高度が高いこともあって気流の影響が極めて少なく、欠け際の起伏や大型なクレーターの複雑な外周、針穴のような小さなクレーター、糸くずのような谷、そういった地形までがよく見えた。

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手持ち撮影でも細かい地形までよく写っていて、今まで撮影した中で最も条件が良いことがわかる。そこで倍率を上げての撮影に、いつも以上にコマ数を費やして月面散歩を試みた。主な地形には、「かぐや」の映像をリンクさせた。

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まずは晴れの海から雨の海にかけてであるが、2つの海を隔てるコーカサス山脈とアペニン山脈が険しい岩肌を見せている。コーカサス山脈からエウドクソス(Eudoxos)とアリストテレス(Aristoteles) にかけてはたくさんの細かい起伏が見える。

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一方、雨の海の側には、アリスティルス(Aristillus) があり、その先の隆起にはアルプス谷プラトー(Plato) が印象的な姿を見せている。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-25 00:39 |

しし座流星群

今年の「しし座流星群」は月明かりの影響もない上に比較的活発だという予想で、楽しみにしていた。しかし、ピークの予想は18日の朝7時前ということなので、夜が明けるまでにどれだけ流れるのかが焦点だった。

夜になっても雨音は続いていたが、夜なべ仕事を終えて家に戻るころには、雨が上がって雲間から少し星も見え始めていた。仮眠をとって午前2時過ぎに起きると、嬉しい事に星が見えていた。

厚着して濡れたベランダに敷物を敷き横になると空を見上げた。コンパクト・デジカメも空に向けてみたが、なかなか流れない。雨上がりだったので、レンズの結露を防ぐために、カメラがノイズ除去のタイミングでは団扇で風を送るようにした。

午前3時半頃だろうか、1つ流れたと思ったら、2つ3つと続けて流れた。放射点から「しし座流星群」に間違いない。しかし、いずれもフレーム外だったり、シャッターが切れた後だったりと、カメラで捉えることは出来なかった。

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霧状の低い雲に覆われて中断はあったが、午前5時半過ぎに薄明で1等星しか見えなくなるまでに、視界の中に確認できた流星は10個強で、うち3個は流星痕が残る明るいものだったが、フレーム外だった。

実は1個だけフレーム内だったのだが、団扇で風を送り続けたにもかかわらずレンズが結露してしまっていて写らなかった。コンパクト・デジカメのレンズにはフードが付いていないので結露しやすく、連続的に撮影をする必要がある流星の撮影にはあまり向いてはいないようだ。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-19 01:47 | 月・星のある風景

上高地(その2)

明神池の畔の小屋でソバを食べて体を温めると、梓川沿いを河童橋まで戻った。

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梓川に流れ込む渓流では、あちこちで魚が静かに泳いでいる。意志を持っているようでいて、でも自然に身を委ねているような、清らかな泳ぎだ。その姿はいくらみても飽きない。友人も同じらしく、時間も忘れてながめていた。

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時折パラついていた霰状の雪が次第に強くなり、河童橋に近づく頃には積もりはじめて、河原や遊歩道がみるみるうちに白くなっていった。晩秋のたたずまいだった景色が一変して初冬の風景へと変わっていった。

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河童橋沿いの店に入ると暖かなコーヒーを飲みながら、窓越しに風の流れに強弱の縞模様を作って吹き降りてくる雪を眺めた。その様子に、これから上高地に訪れる冬の厳しさの片鱗を感じた。バス乗り場の温度計は1.5度と表示されていた。

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再びバスに乗って沢渡に戻ってくると、上高地の冬景色が信じられないような静かさだった。白骨温泉に立ち寄り、露天風呂から雲間に現れては消える青空をながめながら、晩秋と初冬の上高地を同時に体験できた貴重な1日を振返った。

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ちょうど100回目の更新は、望遠鏡とは無縁の写真になってしまった。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-19 01:41

上高地(その1)

11月15日は上高地の閉山祭の日で、バスで入山できるシーズン最後の日だった。そこで、冬が近づく上高地を見てみようと友人と二人で出かけた。出がけに見上げた早朝の空は見事な星空で、東に低く新月直前の細い月がかかっていた。望遠鏡を出して眺めたい衝動を抑えて自宅を出発した。

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日中は晴れるという天気予報だったが、信州の山々には雲がかかり朝日を受けて虹が立っていた。沢渡でバスに乗り換えて上高地に着いても、相変わらず穂高の山々は雲に覆われ、梓川の下流から上流に向かって強い風が吹いていた。

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人影もまばらな遊歩道を、大正池から河童橋を経て明神池まで辿った。そんな中でも、熱心な写真愛好家が思い思いに大型のカメラを向けてシャッターチャンスをうかがっていた。

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これまでも夏に家族や友人と何度となく訪れてきたが、スナップ写真以外には撮影したことはなかった。むしろ、景色を記憶に刻み込むことを大切に思っていた。しかし人の気配の薄い景色をながめていると、自然とカメラを向けてみたくなった。

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ふと、晴れた晩には、どんな星空がひろがるのだろうかと思った。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-17 00:35

木枯らしの後

11月に入ったと思ったら急に冷え込んで、2日の晩は木枯らしが吹いた。翌日の夕方には、冠雪が夕焼けに染まる富士山が山の向こうに見えた。しかし残念ながらデジカメのズームでは小さくしか写らない。そうかと言って、富士山が見えるベランダは狭くて望遠鏡は出せない。そこで、双眼鏡にデジカメを押し付けて撮影してみたところ、電線越しではあるが面白い写真が撮れた。

b0167343_0293371.jpg暗くなって望遠鏡を出したが、空気は冷たく望遠鏡に触った手が凍えそうで、タンスの奥から手袋を出してきた。気流は比較的安定しているように思えたが、南中した木星は高度が低いせいか気流の影響を思った以上に強く受けていた。そこで、満月過ぎの月明かりがあるものの空の透明度が高いので、望遠鏡を「はくちょう座」にあるにある散開星団のM29とM39に向けてみた。目視では、どちらもなかなか美しい眺めだ。

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どちらもISO1200で露出時間1秒の条件で手持ち撮影したなかから、8コマを選んでコンポジットしてみた。M29は四角い星の並びが印象的ではあるが、構成する星も少なめで非常にこじんまりとした星団だ。一方、M39は星が視野いっぱいに広がって、青白い20個ほどの星が三角に並んで見えて美しい。星の並びが電球の灯ったクリスマス・ツリーのようにも見える。

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冷え込む中で夏の星座である「はくちょう座」の星団を眺めていると思うと不思議な感じがするが、散開星団を眺めるのには冷たい空気こそが相応しい気がする。秋から冬の空に散開星団が多いこともあるかも知れないが、個々の星の小さな輝きの持つ美しさと静けさが、そんな気持ちにさせるのかも知れない。

(撮影したメシエ天体 通算9/107個)
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-13 00:34 | 星団

月の雫(後日談)

出先からの帰り道に高速道路のサービスエリアに立ち寄った際に、おみやげコーナーをのぞくと「月の雫」が平積みされていた。二百年を越える歴史のある銘菓だそうで、生葡萄を使っているのでこの時期だけの販売だと書かれている。観光バスからの団体客が次々に手にとる様子につられて、思わず小さい方の箱を1つ買ってしまった。

家に戻ると家族はまだ誰も帰ってきてはいない。待ちきれずに包装の封を切って箱を開けると、早速1つ口に入れた。白糖の強い甘みに促されるように慌てて噛むと、わっと生の甲州葡萄の甘みと酸味が飛び出してきた。面白い感覚だ。しかし、圧倒的に甘みが勝っている。噛んでいると、白糖のジャリジャリした食感と同時に、そのまま入っている葡萄の種が何とも言えない歯ごたえだ。もちろん皮ごと入っているが、それほど気にはならない。というか、白糖と種の歯ごたえに圧倒されて、皮ぐらいどうでもいいという感じだ。

1つ食べ終えたらもう十分と言う感じだったが、それでは父の境地には達さないと、続けてもう1つ口に入れた。しかし3つ目は無理だった。記憶の中の「月の雫」よりも白糖の厚みが増した感じだが、本当のところはわからない。残りをそのまま食卓の上に残すと職場に戻った。

b0167343_10521859.jpg夜に戻ってみると、家族全員が体験済みだった。部活動から戻った娘に「幾つ食べていい?」と聞かれた家内は「幾つでも」と答えたそうだが、2つ目には手を伸ばさなかったそうだ。そういう家内も1つで十分と言う。息子は、最初に1つ食べた時は何だこれはと思ったそうだが、「無理して食べ続けたら、美味しいかもと思えるようになった」と言う。

そんなものかと思い、スナック菓子でも食べるようにバリバリと食べてみた。なるほど、勢い良く食べると歯ごたえが心地よく感じられなくもない。しかし甘みは強烈だ。お茶で流し込まないと、なかなか続けて食べられない。家内にたしなめられて止めたが、息子の言うように美味しいと思えるような気がしてきた。

結局のところ、この菓子は気持ちで頂くものなのかも知れない。白糖が貴重な時代に育った父にとっては、葡萄の収穫時期だけに限られた菓子は、それだけで美味しいという気分にさせてくれたはずだ。届けてくれる祖母の気持ちも感じながら、季節の恵みを味わう幸せを喜ぶ、そんな楽しみ方だったのではないか。食べ物が豊富な今の時代には、その喜びを十分に感ずるのは難しいと思うと残念ではあるが、考えようによっては幸せであるのかも知れない。
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by Nikon8cmtelescope | 2009-11-07 10:56 |